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ひろぽんの小石川日乗 2015〜

還暦を迎えたおじさんが、日々の喜怒哀楽をつづるブログ

「沖縄ヘイト」の源流

 先日、LITERAに「百田尚樹だけじゃない! 櫻井よし子、八木秀次、チャンネル桜、つくる会…安倍首相のお仲間が沖縄ヘイトに大集結」という記事が載っていて、例えば

「沖縄の皆さんに、いったい日本を選ぶのか、それともチャンコロ、あ、失礼(会場笑)、それとも中国を選ぶのか、どちらかを選んでほしい」

 という加瀬英明(まだ生きてたのか!この親米右翼)の発言に驚愕・失笑したのだが、こうした「沖縄ヘイト」は実は今に始まった話ではなく、明治のころからあったものだ。

 「琉球処分」(1872年から1879年にかけて、旧来琉球諸島の施政を委任してきた中山王府を廃し、県を置いた施策)の過程を勉強しようとある本を読んでいたのだが、こんな文章に遭遇した。

 当時、日本の言論は政府の意図を正当化し、助長する論調が主流だった。1879(明治12)年1月10日付の「朝野新聞」は、琉球を奴隷と見なす蔑称を使って批判した。救国を訴える琉球人を「甚だしいかな。琉奴のわが日本帝国を蔑視するや」と罵倒し、「琉奴討つべし」との論陣を張った。

 廃琉置県直後の1879年4月17日付「かなよみ」新聞は、中国との朝貢関係に頼る琉球を「ばかさは甚だしい極点」と批判し、「頑固固陋の諭し難き」琉球人は「くそをたれた愚犬が飼い主の手をかむのと同じ」と見下した。

『沖縄の自己決定権』琉球新報社・新垣毅編著/高文研 2015年、P.87

 それにしても「くそをたれた愚犬が飼い主の手をかむのと同じ」とは、百田尚樹も真っ青の凄まじいヘイト・スピーチではないか。そうではあるけれど、これこそがまさに日本植民地主義の本音なのだ。それは、日本の安全保障のためにいま再び沖縄は「捨て石」になれと叫ぶ、現代の保守言論人のDNAにも深く刻まれている。


 いま、沖縄問題を考えるうえでは、あらためて「琉球処分」を歴史的に振り返ることが欠かせない。

 琉球は長年、日本と中国という両方の大国に形式上属しつつ、自主性を保ってきた王国だが、これを近代日本は「はっきりせえ」と武力をもって脅すわけだ。琉球処分には、当時の日本と中国(清)だけでなく、欧米列強の思惑がからんでおり、その過程で琉球王国の分割案も浮上する。

 日中交渉の仲介をとりもった米国の元大統領・グラントは「琉球諸島の境を分割し、太平洋に出られる広い海路を与えれば、清は(琉球処分を)承諾するだろう」と述べ、日本政府も1880(明治13)年4月には、中国内地での通商権を得る代わりに宮古・八重山を中国に割譲する案を閣議決定するまでに至った。

 この「改約分島交渉」の詳細、その後の紆余曲折については触れないが、琉球が完全に国際政治の道具、駒として使われたのはたしかだ。この沖縄の「地位」というものは、アジア・太平洋戦争における悲惨な戦い、戦後の米軍支配、その後の日本への返還を経てもなお、本質的に変わりがないのだ。

[ 2015/08/23 15:27 ] politics | TB(-) | CM(0)
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